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未知への回転と心の中に建てる家

故郷の山形市から北海道夕張市まで歩いて見ることにする。
それは我々にとっての移動について考えてみたくなったからだ。

人類は移動を常としてきた。
食料を得るため、
家を手に入れるため、
学ぶため、
金を稼ぐため
悟りをひらくため。
7万年前、アフリカに現れた我々人類の先祖は新たな世界へ向けて旅に出たと言われ、近年では宇宙空間に居住するための建設計画すらある。
7万年の旅の果てに我々は居り、もしかしたらその旅路は宇宙の果てまで続いている。
要するに、人は移動し続ける存在なのかもしれない。
そう思うと、移動について考えることは、生きることについて考えることに近接する。


さて、この山形市から夕張市までの歩行の中、私は何と出会い、何を発見するのだろう?
本来なら公共交通機関での数時間が、数ヶ月に引き伸ばされた時間の中で起こることについては、未だ経験したことがない故、考えてもわかり得ない。

目を開ければ方角が分かることかもしれないし、自分が1日でどれだけ歩けるかを知ること、野山から道具や食料を見つけるすべかもしれないし、一人ぼっちになっても寂しくないことかもしれない。
或いはその先に誰かと会える怖さや嬉しさ。
そしてこんな想像力ではわからない何か。
近代の社会の変容の中で発展と引き換えに我々が手放したものと言える。
このわかり得ないものにこそ出会いたい。

それはきっと、自由に生き抜く技術として、多くの人たちと分有できるに違いない。